留学だより」カテゴリーアーカイブ

木島泰明先生留学便り3-2

CERAVERというメーカー。適応はこんな感じ。image002 (640x427) image001 (640x427)

手術室12番。脛骨骨切り後に1回ギャップを確認。image003 (640x427) image004 (640x427)

機械はなんとなくカラフル。ボックス部分はストライカーに似てる。image005 (612x407) image006 (640x427)

本物のインサートを付けてしまってから打ち込む。image007 (640x427)image008 (596x396)

セメントは緑色。看護師さんがインプラントにつけてくれる。image010 (640x427) image009 (640x427)

入れたら伸展位で固まるのを待つ。人数多いときは外から見学させてもらう。image012 (640x427) image011 (640x427)

術後は麻酔科管理でリカバリールームへ。パテラインプラントはエルメス製?image014 (640x427)image013 (601x400)

インサートごと打ち込み。ときどきlépineというメーカーも。image015 (640x427) image016 (640x427)

セメントはゲンタマイシン入り。脛骨も髄内ロッド。image017 (640x427) image018 (640x427)

木島泰明先生留学便り3-1

現在、島田教授のご高配で、順天堂大学の金子教授や本間先生にご紹介頂いたPhillipe Hernigou教授のもと、Hôpital Henri Mondorで研修させて頂いている木島です。今回はTotal Knee Arthroplastyについてご紹介致します。

 

「自由」の国、フランスの手術1

人工膝関節置換術 Prothese Total de Genou (PTG)

フランスが自由の国だからなのか、この施設の特徴かは実際のところわからないのですが、同じ施設内でもみんなが同じように手術をしているわけではなく、かなりの部分が術者の裁量に任されています。そして、大学病院なのですが、上の先生も専門領域の手術だけをするのではなく、秋田で言うと例えばRS病院のように自分が診た患者さんは自分が手術に入るというような体制でやっているようです(でも少し難しい症例では専門医が一緒に入る、あるいは担当を代わるようです。)

ですが、この人工膝関節置換術に関しては、基本的には我々の方法と大きな違いはないことが分かりました。仰臥位でほぼ正中の皮膚切開、オーソドックスなメディアル・パラパテラ・アプローチです。ただ、バイオクリーンルームや宇宙服は使用していません。

皮切に使ったメスはその後は使わない、創や創内は手(もちろんグローブはつけています)では触らない、というノータッチ・テクニックを「目指している」というような表現でした。必要な場合は触っています。でもグローブ(フランス語ではレ・ガン。7.5の手袋がほしいときは、レ・ガン、セッ、ドゥミ、シルヴプレで通じました!)は、かなり頻回に替えています。まず、皮切前には替えるし、インプラントを入れる前にも、もちろん替えています。そして替えるときには全員替えています。

この施設ではオールPSでやっているようです。ですが、ほとんどmeasured cutテクニック。全例セメントですがセメントの種類はPalacosR+Gというゲンタマイシン入りの緑色っぽいものを使用しています。これは3-4分で手につかなくなり15分位で固まるのでワーキングタイムが10分以上あるため、タイム・カウントもせずにゆっくり作業しています。

機種はCERAVERというフランスの会社のHiFitという機種、つまりメイド・イン・フランスです(パテラ・コンポーネントはエルメス製?下の写真参照)。パテラは全例置換しています。一度だけ、lepineというやはりメイド・イン・フランスのモバイルベアリングの機種を試しに(?)使っていたこともありました。その辺は自国製にこだわっている風でしたが、なんとボーンソーだけはストライカーのものを使っていました。道具はやはり使いやすいものを選択するということでしょうか(ストライカーも許してくれるのですね)。

脛骨インサートの厚さは決め打ちで、脛骨のメタル・インプラントに装着してしまってから打ち込んでしまい、最後に大腿骨インプラントを打ち込んで終了。洗浄の量は決めていないようですが、インプラント挿入前に50㏄のシリンジで2-3回洗うだけです。ただし、膝がご専門と思われるAlexandre Poignard教授(No.3の偉い先生なのであんまり話しかけられず…)だけはパルス洗浄器を使っていました(しかも、これもストライカー製でした)。

縫合するときの膝の角度は術者によりまちまちで、椅子の生活社会なので、やはりそんなに屈曲可動域にこだわりはないようです。その分、インプラント設置アライメントを重視しているようで、脛骨の骨切りも髄内ロッドで全例行っています。脛骨骨切りからやる先生が多いですが、大腿骨から骨切りする先生もいて、この辺も統一性はありません。

大腿骨はポステリア・リファレンスでやっていますが、ノッチができないようにはとても気にしていました。他の手術もそうですが、ほとんどの定型的な手術はインターンが執刀、シェフ・ドゥ・クリニックと言われる指導医が前立ちで、臨床配属みたいな学生さんか僕が第2助手として入らせてもらうような感じで手術をしています。でも結構、インターンがシェフにお取り上げされている率も高いです。

また、ほかの手術についてもご報告致しますので楽しみにしていてください。

木島泰明先生留学便り2-1

この度、フランスに留学させて頂いている木島泰明です。現在、パリ大学付属アンリ・モンドール病院の整形外科で研修中です。前回の留学便りでは、渡仏後1週間の生活立ち上げ段階の記録をお送りしましたので、今回は研修初日の模様をお送りいたします。

研修初日!!朝5時半に起床し、6時半に家を出る。8時に病院で、という約束だが、トラムとメトロを乗り継いで1時間のところなので、早めに出発。次の病院や幼稚園の関係、また、値段の関係でアパルトマンを決めたのでしかたない。1時間弱で到着。到着してもまだ暗い。今のパリの日の出は8時半過ぎだ。整形外科の病棟も外来も6階にあり、その6階に来るように言われていたが、6階のどこかがわからない。(ちなみにフランスの6階は日本でいう7階です。)受付に聞けばいいかと思っていたが、まだ受付も開いていない。うろうろしていると守衛さんっぽい人が「留学生か」的なことを聞いてくれたので、「日本人で整形外科医です」と練習してきたフランス語でいうとカンファレンスルームに案内してくれた。カンファは7時半過ぎからすでに始まっていたが教授はまだ来ていないらしい。だまって聞いているとやがて教授が登場。カンファの最後に僕に自己紹介をさせてくれた。途中までフランス語、途中から英語で、練習通り終了。若手の一人が助手部屋的なところに案内してくれる。5人ぐらいで使っていそうな部屋だがPC付きのデスクが2つに、ソファ1つとローテーブル1つのみ。この部屋もマクドナルドのトイレと同じでコードナンバーを知らないと入れない。初日だからとスーツを着て行ったが、その部屋で白衣を羽織ったところで、手術室に案内してくれる。6階から地下2階まで降りてpharmacyと書いてある方向にしばらく歩いて左に曲がって、またコードナンバー付きのドアを開けると更衣室のドアが1ダースほど並んでいる!このうちのNo.4が整形のロッカールームらしい。ちなみにフランスでは「No.4.」は「N°4」と書くらしい。そしてこのロッカールームに入るにもコードナンバーが要る。いちいちドアを開けるためのコードナンバーをメモしながら歩いていたが、どれがどのドアの番号かわからなくなる。おまけにこのロッカーそのものの鍵が難しい。いわゆる昔の金庫みたいに右に27、左2回転して31、最後にもう一度右に回して3で開く、みたいなやつ。それもメモしたもののメモした紙をロッカーに入れてしまった!まずしょうがない。術衣は秋田のUG病院で人工物の時に着ていたようなディスポのやつ。それを着て、ロッカールームの反対側のドアから出るとシャワーやトイレに面する廊下に出る。廊下の先の出口から出たところに帽子と靴カバーがあるのでそれを装着。靴は外履きのままでいいらしいが術場用のサンダルを用意している先生が多い。そのあたりに食事をするスペースがあり、主に看護師さんたちが弁当やサンドイッチを持ってきて昼食をとっていることが多い。その場所から階段を上がってドア(このドアには鍵がない!)を開けると手術棟に入れる。左に行くとICU的なところ、右に行くと手術室が並んでいる。ちなみにここまで自動ドアは一つもなかったが、手術室のドアも木製の手動ドア。歴史を感じます。ここで、ここまで案内してくれたマーク先生が「僕は今日は手根管とかのデイサージェリーの担当だからあっち行くね。TKAが12番の部屋であるはずだよ」と言って、去ってしまう。しかたないので「N°12」の部屋に行くと患者さんがベッド上に座位にさせられてルンバールを受けている(座位でやっていました)。整形外科医はいない。ここでは麻酔がかかったころに整形外科医が来て体位を取って手術をしたらまた麻酔科医がそのままICU的なところで見てくれるようなのでひたすら手術だけしていればいいらしい。整形外科の手術室は基本的には10番の部屋と12番の部屋の2つで(感染症例などは別の特別なところでやるらしい)、1日5-6件をこの2部屋でこなしている。この日は6件あったので縦に3件ずつ。はじめ12番の部屋でTKAを見させてもらい、次にそのチームは脊椎の手術だったので、10番の部屋に移動してACL再建を見学。最後に大腿骨遠位の開放骨折後の拘縮膝の受動術をジュデのアプローチでやっているのを見させてもらいました。2件目が終わったところで昼食に行こうとしたものの例のロッカーが開けられず、手術場の師長さんにお願いしたら、ロッカーの暗号リストを持ってきてくれたもののその番号でもなぜか開かず、鍵マスターが登場し、ジャラジャラ大量の鍵を試したもののそれでも開かず、結局その鍵マスターがロッカーをぶち壊して終了しました。そのカギ騒動のおかげで初日は昼食を取り逃しました。どこかの医局と同じで、本日、月曜日は17時からカンファレンス。でも違うのは、一通り症例の検討が終わったところで、「ほかにプレゼンしたい人いない?」みたいなことを誰かが言ったら、最初からずっと後方の席に大人しく座っていた、スラッとしたジーンズを履いた美女が手を挙げておもむろに人工椎間板の紹介を始めました。メーカーの人だったようです。プレゼンもPCプレゼンテーションではなく、模型を回して身振り手振りのプレゼンでした。19時前にカンファは終了し、アパルトマンには20時前に着きました。手術についてのあれこれはまたご報告致します!

通勤に使用しているメトロの掲示。右から三番目のクレテイユ・レシャ駅で下車。

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病院全体の案内図。

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病院の全景と、病院玄関前のヘリポート。ちなみにここはパリ第12大学の付属病院です。パリ大は第1から第13まであり、第12大学はパリ東大学とも呼ばれているようです。image006 (640x427) image005 (640x427)

この度、島田教授のご高配でフランスに留学させて頂いている木島泰明です。

非常に貴重な経験を皆さんと共有できるように、また、今後、海外へ、あるいはフランス(パリ)へ勉強に行かれる方に少しでもお役に立てるよう留学便りを記してみました。

まずは渡仏1週間の生活立ち上げ段階の記録をお送りいたします。

フランス留学便り1

12月27日(土曜日)出発

1回目のこともあったので、羽田で前泊することとする。

(1回目の出発では息子・虎太郎の熱発で断念し、一週間、出発を遅らせた事の顛末はいずれご報告します。)

出発に余裕を持たせるため15時35分秋田発羽田行を予約。

荷物が多いので14時にまたジャンボタクシーを頼んでおく。秋田空港まで12000円。

あさひタクシーはネットで予約できるので便利。

荷物は前回と同じ、スーツケース大2つに50x50x50cmのダンボール3つ。

すべて23Kgを超えるので、飛行機に乗せるには1つあたり5000円の超過料金がかかるが海外宅急便よりは安い。ジャンボタクシーの後ろにスーツケースを入れてしまうと、ダンボールを座席に入れなければならず苦労する。ダンボールを後ろに入れるとスーツケースは中に入れやすいので楽。

前泊せずに同日に羽田発パリ便に乗るのであれば、秋田で荷物を預けパリで受け取れるが、前泊するとすれば一度羽田で荷物を受け取らなければならない。

翌日の国際線に余裕をもって乗れるように国際線ターミナル直結のロイヤルパークホテル・ザ羽田を確保(予約時あと1室とのことだった)していたが、国内線ターミナルで荷物を受け取ってその荷物を持って国際線ターミナルに行くのが大変。

無料バスはあるが、ダンボールと子供を抱えては乗れない。

仕方なくタクシー2台に分乗し、ホテル名を告げる。

しかし、ホテルの入り口をタクシードライバーが見つけられず、焦ったタクシーが歩道に乗り上げパトカーが来る始末(汗)。

結局、国際線ターミナルの入り口で下車し、カートに荷物を載せ、エレベーターで出発ロビー3Fまで上るとそこにホテルの入り口があった。

ホテルは快適。食事も買い物も、そして翌日のチェックインも同じフロアなのですごく楽。

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12月28日(日曜日)

出発ロビーにホテルがあるので飛行機のチェックインはそのままできる。

12時間のフライトを経てパリ・シャルルドゴール空港に到着。

(フライト中に虎太郎は足がつったと泣くこと2回…)

出国手続きではボンジュールと虎太郎がいうと、パスポートを見ながら係官がボンジュール、コタロウ!と答えてくれて、入国OK。滞在目的も聞かれず。そして税関もどこだかわからないうちに外に出られちゃいました。ダンボールを開けさせられるかと思っていたけどスルーでよかった。

しかし待ってくれているはずのポータータクシーの運転手、ラウさんと会えず、頼んでいたアパルトマン業者のHさんに連絡してやっと合流。その乗用車に無理やり荷物を載せ、虎太郎は妻が抱っこし、何とかスタート。しかしそこはパリの渋滞。アパルトマンには1時間余りかかってようやく到着。ラウさんは英語が通じるという話だったが、フランス語しかだめらしい…。アパルトマンに入るには、ドアコードを押して郵便受けがある前室に入り、そこでさらに各部屋のインターホンを押して、部屋から鍵を開けてもらうと、第2のドアが開いてようやくアパート内に入れる。カギを持っていれば、鍵についている電子キーを所定の場所にかざすことで2つのドアともロックが解除される。ここまで書くと非常にハイテクな新しいマンションのように想像されるが、外観は古い石造りの8階建ての建物で、部屋は7階だし、なんと6畳一間(いちおうシングルベッド分のロフト付き)。おまけにお隣の女子は泣き叫ぶような声を発している。ここで我々は3人で暮らせるのか。

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12月29日(月曜日)

今日はまず近くのマルシェ(スーパー)に食材を仕入れに行く。一番近いところは歩いて2-3分なので便利。クレジットカードも使える。とりあえずの飲み物とカレーライスの材料を買ってから他の便利なお店を探して歩き回るが寒い!仕方なく怪しいファストフード屋さんに入りハンバーガーとポテトのセットとペンネを注文。ペンネのソースの選択を誤ったらしいが何とかお腹を満たし、帰宅。帰宅途中に大きな公園を見つけ虎太郎が気に入りひとしきり遊ぶ。滑り台もアスレチック風の遊具もある。帰ったらカレーライス。初めてのちゃんとした食事。

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12月30日(火曜日)

今日は、フランスにしっかり居を構えたことを移民局に証明するため、ビザ発給の時にもらった移民局提出用書類を郵便局から配達証明付郵便で移民局に送る必要がある。そのため、こんな年末でもやっているだろうといわれたパリ中央郵便局へ。Opera駅から徒歩15分。今日もとても寒かったがなんとか発見し、優しい女性の郵便局員に助けてもらいながら、パスポートの入国の印鑑のページのコピーをし、日本でコピーしてきたパスポートの顔写真のページとビザのページ、それに移民局用書類を封筒に入れ、伝票を買い、切手を買い、お姉さんに渡して終了。コピー機は局内にありました。お姉さんの助けでスムーズに終了。

Operaの近くは日本人街なのか、ラーメン屋さんも多いので早速「どさん子」というラーメン屋さんでラーメンと餃子と牛丼を食べる。高いけどおいしい!その近くの「京子食品」では日本の食材や日本にあって海外にないいろいろなものが売っている!ここで米やら何やら1万円分くらい買い物して重い荷物を背負って地下鉄で帰宅。そのあと虎太郎をまた近所の公園で遊ばせる。けっこう大きな子供も遊具で遊んでいる。

パリの地下鉄

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パリ中央郵便局8
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12月31日(水曜日)

今日は虎太郎のパリでの幼稚園の場所確認の下見。文化教養幼稚園パリ園というのが16区にある。我々は15区に住んでいるがエッフェル塔へはこの幼稚園が近い。このアパルトマンの最寄り駅であるPorte de Versailles(ベルサイユ門:パリはもともと城壁都市でパリの外周には門がいくつもある、つまりパリの辺縁に住んでいるということ)から12番線でパスツール駅まで行き、6番線に乗り換えトロカデロ駅で下車。徒歩10分で幼稚園。トロカデロ駅はシャイヨ宮というエッフェル塔のビューポイントの1つの最寄り駅。ここでエッフェル塔の記念写真を撮ってから幼稚園へ。我々のイメージでは幼稚園といえば平屋で園庭があって、というものだがここではビルだった!しかもその1階だけが幼稚園。もちろん今日は締まっており、場所だけ確認。

近くのパン屋でパン・オ・ショコラ(チョコレートクロワッサン)を買って食べると美味!焼きたてサクサク!

帰りにまたオペラ地区によってラファイエットというヨーロッパ最大級という百貨店によってトイレと食事。そして狭いわが家を少しでも過ごしやすくするための物品を購入。食事は学食形式のカフェテリアで(好きな品物を取ってレジで精算する)。カード使えます。最後にラファイエット近くのユニクロ・パリ店でお買い物!品物はほぼ日本と同じでとてもOK。

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1月1日(木曜日)

今日は最初の研修先であるHennri Mondor病院を下見。

近くのパン屋はやっている!ここで買ったパン・オ・ショコラを食べながら、最寄りのトラム駅へ。トラム(路面電車)で途中まで行って、そこからメトロ(地下鉄)。8番ラインでクレテイユ行き。クレテイユ大学駅の1つ手前のクレテイユ・レシャ駅で下車。トラムの切符もメトロの切符も一緒。駅の自販機で買える(クレジットカードOK)。

メトロの駅からは徒歩2分で病院。6階が整形外科の外来と入院病棟のよう。

院内のカフェテリアもチェックしてから地下鉄でパリ市街に戻る。

Chatelet駅近くのConforamaという家電・家具量販店に行ってみるがさすがに元旦はやっていない。そのまま散歩して、セーヌ川を渡り、記念写真。ルーブル美術館も近く。有名なルーブルのピラミッドでまた写真だけ撮って、寒いので近くのカフェに入って昼食。ハンバーグとフライドポテトのセットとハムカツとスパゲッティミートソースのセットにカフェオレとオレンジジュースで50ユーロ(サービス料込)高い!今日はどこも休みなのでアパルトマンへ。アパルトマン近くのマルシェも今日はお休み。

アパルトマンの外観と玄関ホールとキッチン

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1月2日(金曜日)

今日は昨日とは打って変わって雨(昨日まではずっと快晴)。そのせいか少し暖かい。

Hernigou教授にメール。すぐに返信が返ってくる。今日はまだ1月2日だが、金曜日。普通に働いているのかもしれない。狭いアパルトマンでWiiもできず大きめの声も出せずにストレスがたまっている虎太郎にクリスマスプレゼントとお年玉を兼ねてしょうがなくニンテンドーDSを買ってあげることを決意。ネットで調べるとシャンゼリゼ通りにゲーム屋さんがあるというが、まずは昨日空振りだったConforamaに。今日は、やってはいるがゲームは置いていない。部屋に敷くラグを買おうか迷ったが大きいのでとりあえず断念。近くのDartyという家電店にも寄ってみるが目ぼしいものはなし。もう一度、地下鉄に乗ってコンコルド広場へ。今日は曇りでエッフェル塔の上半分が見えない。コンコルド広場から凱旋門までがシェンゼリゼ通り。コンコルド広場側からシャンゼリゼ通りを歩くとお祭りのような屋台が並ぶ通りで、とてもゲーム機などは売ってなさそうだが、チョコバナナクレープ4ユーロ、ホットワイン5ユーロ、ハンバーガーとポテトなどを買い食いしながら進む。途中のトイレは50サンチーム(=50セント=1/2ユーロ)の有料。シャンゼリゼ通りをようやく半分以上進むと、屋台村を抜けて高級ブランドショップが並ぶ通りになる。その通りのFnacというお店でニンテンドー2DSを購入。DSライトはフランスではもう売っていないといわれ、3DSは子供にはちょっと見づらく目にもよくなさそうな気がしたので謎の2DSというやつを選択。(後で調べると2DSとは欧州や米国だけで売られている3DSの廉価版とのことで日本での発売はないらしい。)そのあとにメルセデスベンツのショップなどで記念撮影してから凱旋門の下へ。凱旋門の上に上がるためのチケット売り場には長蛇の列。どこかで各観光名所のチケットブック(パリ・ミュージアム・パスというらしい)を買えばこの列に並ばずに登れるかも、とのことで今日は上るのを断念して帰宅。ちなみに2DSはいろんな言語を選べましたが、日本語はないので英語を選択したらすぐに使えました。でも結局、虎太郎は心配したほど2DSにはハマりませんでした。

アパルトマン近くの公園とアパルトマンからメトロの駅までの道

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フランス便り1-終わり-

 

ドイツ留学だより(齊藤英知)

2014年7月1日から半年間、島田洋一 教授の御高配によりドイツ、Hannover市にあるSports Clinic Germanyというクリニックで、Philip Lobenhoffer教授の下で、膝関節外科のfollowとしてお邪魔になっております。このクリニックは、Lobenhoffer教授を頼ってヨーロッパ、中東アラブ諸国から絶えず紹介患者さんが訪れております。年間の手術件数は3000件ほどあり、1日に十数件の手術を手際よく終えていく様に、professionalのあり方の一つと感じずにはいられません。膝関節と肩関節の手術が主ですが、手術時間に関しては、ざっといって、TKA 30分、ACL再建 30分、Oxford UKA 30分、ARCR 30分、ABR 20分、鏡視下Latarjet 50分くらいです。Lobenhoffer教授の下にSenior doctorが3人と肩関節班にfellowが一人のスタッフでやっておりますが、驚くべきは、どの手術をだれがやっても、同じ手順でやっていることです。医学教育の実践指導のあり方として「step by step」というコンセプトは非常に参考になります。また、骨折治療の基本でありAO conseptを進化発展させてきた民族だけあって、骨折治療の基本であるsoft tissue handlingを見るにつけ、非常に参考になります。特に膝周辺はsoft tissueが薄く、外傷後のTKA症例の際には瘢痕組織でflapを作るようなテクニックには非常に驚かされます。

自分は、Lobenhoffer教授の手術で手洗いさせて頂くわけですが、最初のカルチャーショックは、こちらの手洗い方法です。我々は、流水(水道水)とイソジンスクラブなどで手洗いするのが常識なのですが、こちらでは100% アルコールを使用します。アルコールが乾燥したら、ザール衣を着せてもらうわけです。当初の3ヶ月は、システムと言葉に慣れるまで、手洗いはするものの、術野では触らせてすらもらえませんでした。英語も看護師さんには通じないので、当然ながらドイツ語の用語を覚えないといけません。器械出しのNsも手順のすべてが頭に入っており、Perfectです。(こちらではscrub nurseといって器械出し専用Nsは、専門の教育を受けています。)ちなみに、全身麻酔の時のUSガイド下の大腿神経ブロックはこちらの麻酔科では必須技術で、覚醒後、痛がっている患者さんはおりません(皆無)。

週末はできるだけ、ドイツ国内を小旅行することと、週5回はランニングすることを心がけております。こちらに来て、規則正しい生活と運動により、少し健康を取り戻した気もします。

9月に佐々木香奈先生、斉藤公男先生、佐藤千恵先生、瀬川豊人先生先生が日本の空気を運んできてくれて大変ハッピーでした。ありがとうございました。帰国後、詳細なご報告をさせていただければと思います。不在中、いろいろとご迷惑をおかけしているかとは存じますが、何卒よろしくお願い申し上げます。

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クリニック外観

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Color Run Hannoverという粉まみれになるランニング大会に参加(7月8日)

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ドイツW杯優勝(7月13日)麻酔科のDr.Pilger(右隣)の友人(左隣)宅にて

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夏休みスイス、アイガー北壁付近にて(8月10日)

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念願のマッターホルンの足元 (8月12日)

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Lobenhoffer教授を囲んで(9月16日)

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瀬川先生と白ビールと白ソーセージ(ハイデルベルグにて)