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獨協医科大学越谷病院研修報告(柴田暢介)

今回島田洋一教授, 野坂光司先生のご高配により, 創外固定と小児整形外科の勉強のため獨協医科大学越谷病院の大関覚教授のもとへ2週間の研修に行かせていただきました.

今までもAIMGの先生方は野坂先生を始めとして皆お世話になっていて, 私で7人目になります.

外来では大関覚教授と, 小児整形外科が専門の垣花昌隆先生の見学をさせていただきました.

足部・足関節の疾患を中心に, 股関節の骨切りからACL再建の患者まで, 幅広い患者さんの診察を見学することができました, その中で今まで知らなかった所見の取り方などを直接教えていただくことができました.

手術は大関教授, 垣花先生と, 救命センターの杉本一郎講師の助手に入らせていただきました(下肢グループの栃木祐樹准教授の助手にも1度入らせていただきました).

研修初日の骨盤骨折のrevisionの手術から始まり, 下腿の創外固定を用いた変形矯正, 足部の骨切りなど多岐の分野に渡り助手に入らせていただきました.

また飲み会の席にも何度かお誘いいただきました. 平日にもかかわらずかなりの勢いで飲まれる先生方, スタッフの方々に圧倒されつつも, 負けじと飲んでいたら酔いすぎて財布を失くしかけてしまうなんてこともありました(ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした).

研修の最後には六本木で創外固定学会があり, 島田教授始め秋田の先生方・スタッフの方々と合流しました. 宴会では大関教授や杉本講師にもご参加していただき, 非常に楽しい会となりました.

今回の研修では多くのことを学び, 同期や若い先生方とも交流できたくさんの刺激を受けることができました, 今のこの気持ちを忘れることなく, 日々の診療・研究に取り組んで行きたいと思います.

この様な機会を与えていただいた島田教授, 野坂先生に改めて感謝申し上げます.

また大関教授, 杉本講師, 垣花先生始め, 獨協医科大学越谷病院の先生方・スタッフの方々におかれましては, ご多忙中にも関わらず暖かく迎えていただきまして誠にありがとうございました.

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創外固定学会での宴会にて. 大関教授(左)と杉本講師(右). 中央は秋大看護師の金さん

柴田先生

別の飲み会にて. 垣花先生(左)と私

第28回日本創外固定・骨延長学会に参加して(野坂光司)

3月20, 21日,第28回日本創外固定・骨延長学会(会長:国際医療福祉大学臨床医学研究センター 大西五三男教授)に参加のため,東京に行ってまいりました.私が参加する多くの学会の中で最も気合いを入れるものの一つです.

今回はご多忙の中,島田洋一教授がご参加くださいました.これまで,毎年多くの先生に『島田教授は来てるの?』と聞かれておりましたので,今年はたくさんの日頃からお世話になっている先生たちに教授とともに挨拶まわりすることができました.また20日夜に行われたAIMG大懇親会も六本木高級焼肉店で盛大に行われました.参加者は島田教授を筆頭に,病棟からは岩原さん,金さん,柴田さん,友和さん,長谷部くん,学くん,市立病院から柏倉先生と尾野先生,角館病院から青沼先生,あとは越谷研修中の柴田先生と自分,獨協越谷から大関教授と杉本先生も来てくださいました.大変楽しい夜でした.

発表は,柏倉先生,尾野先生,学くんがそれぞれ一演題,自分がパネルディスカッションひとつと,一般演題二演題でした.柏倉先生は足の外科におけるIlizarovについて,素晴らしい研究を発表されました.また,尾野先生の発表は自分が座長の予定だったのですが,直前に僕のパネルと時間が少し重なることが判明し,座長交代となったためお聞きすることはできませんでしたが,とても素晴らしい発表だったと聞きました.将来はぜひAIMGの一員になってもらいたい逸材です.学くんは全国学会デビューとは思えない堂々とした発表で,質疑応答の受け答えも完璧,まさに『完全試合』でした.発表内容もレベルが高く,発表後スタッフのみんなのところに,全国の看護師さんたちが多数質問に訪れていたのが印象的で,1-8病棟の看護レベルの高さを改めて感じました.

今回のパネルで私が依頼されたお題は『Ilizarov創外固定による重度四肢外傷の再建』でした.今回も島田教授のお写真をたくさん使わせていただきつつ,AIMGのコンセプト=Ilizarov創外固定を骨癒合まで続ける:FrameによるDefinitive fixationの重要性を強調してきました.座長の大関教授からフロアに対するコメントで『conversionする医者は,conversionの感染率15%という数字は医者にとっての15%であり,一人の患者からすれば,15%か85%ではなく,15%の方に入ったら人生を棒に振りかねない,0か100なのだということを肝に銘じ,そのぐらいの覚悟を持ってconversionにのぞんでほしい』という言葉が心にしみました.

越谷留学中の柴田暢介先生はかなりの刺激を受けたようで,学会を聞く目の色もこれまでとは異なり,やる気に満ち溢れていました.関連病院の業務は非常に忙しいとは思いますが,ずっとリサーチマインドを忘れることなく,AIMGの主力メンバーに大化けすることを期待しております.来年は金沢大学の土屋教授会長のもとで開催されます.今回の発表はみんなですぐに論文化するようにし,『秋田を日本のクルガンに』の実現に向けて走り続けたいと思います.11082540_672242386232118_8677687595731060104_n DSC_2421 image

H27.3.19 出羽リウマチセミナー (杉村祐介)

H27年3月19日、出羽リウマチセミナーが開催されました。

今回は特別講演の講師として、群馬大学整形外科准教授の飯塚伯先生にお越し頂きました。

一般演題1では秋田厚生医療センター整形外科、小西奈津雄先生が「関節リウマチ患者に対する人工膝関節全置換術」をご発表されました。関節リウマチ患者に対しての、多くの手術経験のデータをまとめて頂き、大変勉強になりました。

この度私は一般演題2での発表の機会を与えていただき、「シムジアの投与経験-関節エコー評価を交えて-」の演題を発表しました。AORAでのシムジア使用状況と、自験例を含め報告いたしました。

特別講演では、群馬大学整形外科准教授の飯塚伯先生に「関節リウマチの頚椎障害」についてご講演頂きました。前半は頚椎障害発生の原因や日常診療で見逃してはいけないポイントを分かりやすく説明して頂きました。後半は飯塚先生のリウマチ頚椎病変に関しての多くの研究内容の中で、上位頚椎固定術の後の骨癒合に関して術前の関節破壊の程度の違いにより癒合率に差があるという研究をはじめ、たくさんの研究内容をご講演頂きました。特に、上位頚椎固定術後の中下位頚椎のすべり発生に関する研究は、すべりの発生に術前、術後のアライメントとの関連はみられないということで、他の原因も考えさせられる大変興味深い内容でした。今後、研究、臨床ともに発展させていけるようさらに努力していきたいと思います。

木島泰明先生留学便り6

留学便り6-パリのアパルトマン-

もういやだ、虎太郎を連れて日本に帰る、と妻が1日おきにしか言わなくなったのは、彼女の2月5日の誕生日を過ぎたあたりからだ。そんなにここから逃げたいと思わせる原因の多くはこのアパルトマンだろう。

パリの物価は高い、パリでリーズナブルなアパルトマンを探すのは至難のことだ、と聞いていたし、そうなのだろう思っていた。

我々の家は(と言うといつも妻は、あれは家ではなくただの部屋だ、と言う)、パリ15区のポルト・ドゥ・ヴェルサイユにある6畳一間ロフト付きのアパルトマンである。つまりリビングもダイニングもキッチンも兼ねた6畳程度の部屋に、展開するとダブルベッドになるソファが1つと40cm×60cm程度の小さいテーブルが2つに椅子が4つ(うち1つは3週間で壊れた!)がある家具付きだ。その他にいわゆるユニットバス。それとシングルベッド分のロフト(梯子で登る。天井までの高さ80cm)もある。そして靴で生活するために作られているため玄関はなく、だけど玄関のドアは内開きなのでドアを開けたときにドアが通るスペースが必要であるため、そのスペースで我々は靴を脱ぎ、そこに靴を置く(しかない)。ちなみにユニットバスのドアは外開きで、ユニットバスのドアが開くスペースも、その靴を置いているスペースというわけだ。つまり玄関ドアを開けるたびに靴は奥へ押しやられ、ユニットバスのドアを開けても押しやられ、玄関のドアとユニットバスのドアは同時に開ければぶつかるし、靴の脱ぎ履きも1人ずつしかできず、3人で家に帰ってきても、まず1人が入り、ドアを閉め、靴を脱いだら、次の人がドアを開けて中に入ってドアを閉めて靴を脱ぎ・・・を繰り返さなければならない。

当然ソファを展開すればその6畳ほどのスペースはソファベッドで占領され、そこに妻と虎太郎が寝て、ロフトに僕が寝ると荷物を置く場所もない。仕方ないので荷物はスーツケースやダンボールに入れたままテーブルの下に置くことになる。それでも置けない荷物はロフトの上の布団の上だ。

妻が我慢できないのはその部屋に日本円にして月に約25万程度支払っていること。虎太郎の幼稚園は日本人学校なので、ママ友も日本人。子供が幼稚園に行っている間にママ友同士でランチを食べたり(僕はまだフランスでフレンチを食べていないが、妻はフレンチもイタリアンも食べたらしい)、子供を連れてお宅を訪問し合ったりしている。この時に妻が見てきたというママ友のアパルトマンはみんな広く、特に大きいところは秋田の我々の家よりも広い!のにもかかわらず、家賃はうちより安いのだという(しかもその家賃のほとんどは会社が払ってくれているらしい)。日本企業のパリ支店に勤めている方の奥様達とのことだ。

なぜ我々のアパルトマンが高いかといえば、日本の業者さんがパリに短期滞在する人のために1日当たり何ユーロという単位で又貸ししているものだからである。フランスの不動産屋さんと直接交渉し、直接契約すればもっと安くもっと快適でエッフェル塔も見える(ママ友たちのアパルトマンからはしっかり見えるらしい!)ところが借りられるということが判明した(これが判明してから妻はお怒り続き)。ではどうすればよかったか。日本から借りられる場所をまず1か月くらい借りておいて(ホテルでもいい)、その間にフランスで住居を探すという方法をみなさんは取っているようです。しかし、ここでビザの問題が出てくる。我々は就労しないために「ビジタービザ」を所得して渡仏している。しかしビジタービザの申請には渡仏後3か月間の住居の契約がすでになされている証明書が必要であり、さらに渡仏後それを移民局に届け、移民局からその住所に召喚状が届くのをしっかり受け取る必要がある。そして、その召喚状の通りに移民局に出向き、健康診断を受けて、やっと晴れて滞在許可証ゲットとなる(これもすったもんだありましたが、なんとか2月27日にゲット)。つまり、少なくとも3か月分の住居の契約は日本でやっておく必要があったのだ。そして僕達のパリ滞在は4か月なので、4か月分契約してしまっており、すでに入居してしまっている場合には、早めに退去してもお金は一銭も戻らない(ということもこちらに来て判明)。仕方なくそのまま修行のような生活を送っている次第です。

(ビザの問題の解決策が実は1つありました。ビザは180日間に90日以上滞在する時のみ必要なので、90日滞在し、一度帰国し、90日以上日本に滞在した後にフランスに再入国すれば、ビザなしでまた90日間フランスに滞在可能です。そのように3か月サイクルの行ったり来たりで1年間のフランス留学をされた整形外科医も実際にいらっしゃるそうです。ちなみにヨーロッパ各国を回っている駐在員さんの話では、どこも事務手続きがすごくイイカゲンで遅いのでビザを取るのが大変だけどドイツだけはしっかりしているとのことでした。フランスも就労ビザや研究者ビザが取れれば入国後の手続きはスムーズで引っ越しも容易のようですが。)

ところで、ヨーロッパの多くは水道から硬水が出ます。お湯を沸かせばポットや鍋にびっしり石灰(こちらではこれをカルキと言います)が沈着します。それを落とすには酢を沸かす必要があります。でもいちいち酢を沸かしてカルキを落とすのが面倒なのでミネラルウォーター(エヴィアン)を使ってみたのですが、それでもカルキが沈着します。よく見たらエヴィアンも硬水でした(^^;)。唯一売っている軟水のミネラルウォーターのヴォルヴィック(Volvic)で解決しました。洗濯機もカルキでつまらないようにアンチカルキ剤を入れて回します。問題はシャワーでした。硬水で洗うと、髪はガサガサ、肌もボソボソで痒くなるのです。だからこちらの人は週に2回程度しかシャワーしないという話もあります。しかし、これを解決する特殊なシャワーヘッドがありました!フランスでは売ってなくて結局イオナックという会社からネット通販で買い、海外搬送してもらいました。こんな風にして少しずつ少しずつ、適応を図っています。

隣近所の音が聞こえるのも、古い建築物を利用しているパリのアパルトマンの特徴だそうです(もちろん立派なアパルトマンはそんなことないようですが)。うちの虎太郎もとても騒がしくご近所にご迷惑をおかけしていると思いますが、隣の女子のあの時のあの声も相当でした(虎太郎も苦笑いです(-_-;))。おかげで週末はできるだけ家族で外出し、あちこちパリ観光を楽しもうということにしております。できれば外泊を、ということで、一度ディズニーランド・パリにも行ってきました。それらのお話はまたの機会に致しますので、楽しみにしていてください。

パリも3月に入り、ようやく寒さも一段落したようです。4月には多少の追加料金で3週間くらいだけですが、もう少し広いアパルトマンにも移れそうです。ようやく妻の、もう帰る!宣言も週に1-2回に減ってきました。考えてみれば、こんなに多くの時間を家族でこんなに近接して過ごすこともないだろうと思うので、もう少しこの修行を楽しみたいと思います。

(追伸:このアパルトマンの数少ない自慢の1つは、知る人ぞ知るあの「ラ・リューシュ」のすぐそばだということです-歩いて5分!-。きっと妻の好きなシャガールもこのあたりを歩いていたことでしょう。)写真1            ↑どんなに狭くてもトミカタウンを作る虎太郎

写真2            ↑暖簾を買ったり、張り紙をして少しでも華やかに

写真3             ↑カーペットや枕カバーも新調

写真4             ↑から揚げパーティ(テーブルぎりぎり)

写真5             ↑引き出しのある収納スペースがほしい

写真6             ↑玄関がないのが痛い!

写真7            ↑ソファーをベッドにするといっぱいいっぱい

写真8            ↑ロフト部分はこんな感じ

写真9            ↑どんなに狭くてもトミカタウンを作る虎太郎

第42回日本生体電気・物理刺激研究会に参加して(野坂光司)

3月14日,第42回日本生体電気・物理刺激研究会(会長:東京慈恵会医科大学 丸毛啓史教授)のシンポジウムのため,東京に行ってまいりました.偽関節治療に命をかける自分にとって,とても大切な位置づけの会であります.

今回私が依頼されたお題は『難治性骨折に対するTeriparatideとメカニカルストレスの併用効果』でした.第40回日本生体電気・物理刺激研究会(会長:京都府立医科大学 久保俊一教授)のときに依頼されたお題『骨癒合不全に対するパルス電磁場刺激の効果』も楽しくスライド作りができましたが,今回も大好きな分野なのでスライド作りがとても楽しかったです.

事務局運営は私の尊敬する骨質のスペシャリスト,斎藤充准教授でした.今日は秋田では望先生の世紀の結婚披露宴でしたので,こちらは一人ぼっちの参加でした(望先生,ご結婚本当におめでとうございます(^O^)/).一人で昼飯かとしょんぼりしていたところ,なんと斎藤先生に声をかけていただき,斎藤先生と『サシでお昼ごはん』という夢のような体験をいたしました.いろいろなお話を伺うことができとても楽しかったです.斎藤先生のトーク力の高さがまたすごかったです.お忙しい中本当にありがとうございました.

会場では金沢大学の土屋教授,弘前大学の石橋教授,京都府立医大の金准教授にご挨拶に伺いました.早く名前と顔を一致していただくように,これから頑張って論文を書きたいと思います.発表では第44回の会長の勝見先生と石橋教授に座長をしていただきました.フロアの皆様からは様々なご質問をいただき,身の引き締まる思いでした.神奈川歯科大学の高垣裕子教授からの御指摘は今後しっかり解明していきたいと思います.また金准教授からは大変貴重なご助言をいただきとても勉強になりました.

物理刺激が,骨だけでなく,軟骨,腱,創傷治癒とどんどん研究が進んでいることに大変刺激を受けました.帰ったらまたしっかり頑張ります.

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2015 FIS Freestyle ski World Cup in Tazawako Akitaに参加して(齊藤英知)

 

2015.2.28-3.1に秋田県仙北市田沢湖スキー場で開催された、モーグルのワールドカップに医療班として参加して参りました。

選手の公式トレーニングが2.26から行われましたので、それに合わせて田沢湖入りしました。

大会の役員にご挨拶と顔合わせに伺った後で、資機材の確認をして、モーグル会場である黒森山ゲレンデに向かいました。アクシデントはそこで起こりました。1日目の公式トレーニング中、第2エアーのランディング付近で、韓国の選手が、着地の際、自分の膝を下顎に強打して、口から大量の出血をしました。自分はすぐに駆けつけ、下顎の口腔粘膜が断裂して、下顎に圧痛と腫脹を確認しましたので、下顎骨折を強く疑い、スキーパトロールと消防と連携し、ドクターヘリ搬送を要請と同時に、搬送先である秋田大学附属病院の救急部の中永先生に収容をお願いしました。要請からヘリ到着まで25分、選手のヘリ収容から大学病院到着まで20分でした。このような国際大会での医療スタッフに必要なことは医学の知識や技術はもちろんですが、英語力を含めたコミニュケーション力も非常に大事であるということを感じました。

余談ですが、韓国チームの監督が、あのトビードーソンでした。彼は、Korean Americanであり、自分のモーグル現役時代のスーパースターです。(写真)

搬送事案は、もう1件ありました。その事案は、ノーザンバイソンズTDである藤井昌先生に対応してもらいました。女子カナダチームのエース選手が第1エアーの着地で、右手を強くついてしまい、コース端でうずくまってました。肩でも脱臼したかなという目で見てましたが、数分後に滑って降りてきたので、大丈夫だったのかと思っていました。その後、しばらくしてからカナダチームドクターに連れられて、手関節痛を主訴に救護所を訪れたので、ここぞとばかりに藤井先生に田沢湖病院まで同行してもらうことにしました。(後日、日本人通訳の方ともお話しましたが、彼らはmedical termsについての知識はそれほどはなく、医学英語に堪能な藤井先生を同行させてよかったと考えております。)ちなみに藤井先生は、病院から帰ってくるなり、researchということばがどうしても通じなかったといっていました。(アクセントの位置ですな)。幸いこの選手には骨傷なく、大会ではシングルで2位となってました。藤井先生の優しいサポートが好成績につながったのではとも考えられます(写真)。

2.27の夕方には、大会レセプションがあり、我々も、医療スタッフという立場を利用して、SAJの鈴木会長や上村愛子さん、大会役員の方々や選手達と交流して楽しむことができました(写真)。温泉では、FISの上の役職の方々と露天風呂でお話しして、我々の対応の迅速さがかなり高評価をうけていることを知りました。

2.28-3.1の大会では、蝦名寿仁先生を隊長とする市立角館総合病院DMAT隊も駆けつけていただきました。また、3.1には島田教授とご家族もお越し頂いて、エキサイティングな滑りを観戦頂きました(写真)。幸いそれ以上のアクシデントは発生せず、みなさまのご存知の通り、成功裏に収めることができた大会となりました。

本大会は、本年より向こう3年間、開催される予定です。来年は、さらに我々の医療チームをより良いチームとして再編し、医療サポートをしていきたいと考えております。その節は、同門の諸先生がたのご理解とご協力をお願いしたいと考えております。

 

齊藤英知2015-02-26 10.17.23 2015-02-26 12.47.19 2015-02-27 15.11.01 2015-02-27 19.06.21 2015-02-28 18.30.17 2015-03-02 13.38.31

第50回秋田県脊椎脊髄病研究会 (粕川雄司)

2015年3月7日土曜日 秋田市にぎわい交流館AU

2015年3月7日土曜日第50回秋田県脊椎脊髄病研究会が,にぎわい交流館AUで開催されました.50回を記念して会のオープニングにあたり,工藤大輔先生と鈴木真純先生から50回記念映像を披露していただきました.

特別講演1は,浜松医科大学整形外科学 教授 松山幸弘先生より「高齢者脊柱変形矯正術-何を目指すのか?-」と題して御講演いただきました.近年,高齢化がすすみ脊柱変形に対する治療として変形矯正術が行われるようになっています.御講演では,数多くの矯正手術症例を御提示いただきながら,手術治療戦略について世界の趨勢から浜松医科大学での方針などについて詳細にお話しいただきました.秋田県でも高齢者の脊柱変形に対する手術が行われており,参加者にとって大変有意義で勉強になる御講演でした.

続いて,「脊椎脊髄外科10年の進歩」のシンポジウムを行いました.当番幹事の宮腰尚久准教授が座長で,Akita Spine Group (ASG)で活躍されている6名の先生方にシンポジストとして御講演いただきました。秋田厚生医療センターの小林 孝先生に腰椎後方進入椎体間固定術(PLIF)について,秋田厚生医療センターの阿部利樹先生に成人脊柱変形について,秋田赤十字病院の鈴木哲哉先生に骨粗鬆症性椎体圧潰について,秋田大学の本郷道生講師に脊柱側弯症について,秋田大学の石川慶紀先生に頚椎手術について,秋田労災病院の木戸忠人先生に脊髄手術について,それぞれの手術の詳細や秋田における手術の変遷などについて御講演いただきました.さまざまな治療・手術法の歴史と詳細を勉強する大変よい機会となりました.

秋田厚生医療センター 病院長 阿部栄二先生より,「秋田県における脊椎脊髄外科の歴史」と題して基調講演をいただきました.座長の秋田労災病院第二整形外科 部長 奥山幸一郎先生から,労災病院で阿部栄二先生が行った伝説の手術の術記事をご紹介いただきました.阿部栄二先生がゼロからはじめられた秋田県における脊椎脊髄外科治療の歴史,その当時の先生のお考えや,新たな手術を数多く取り入れられ、さらにその手術を発展させてこられた技術や行動力など,若い先生方にとっても大変刺激になる御講演でした.今後,脊椎疾患の治療・手術に際し,ますます勉強してしっかり仕事をしていかなくてはいけないと改めて感じました.

最後に,医療法人元氣会 札幌整形外科 副院長 鐙 邦芳先生より「頚椎変形の矯正手術」と題した特別講演をいただきました.日本だけではなく世界の非常に難治な頚椎変形に対する手術治療について,数多くの御経験をお話し頂きました.普段なかなか経験することがない頚椎変形の治療を,世界にまで発展された先生のお仕事に大変感銘を受けました.頚椎手術で世界でも御高名な鐙 邦芳先生の御講演を拝聴することができ,大変有意義でした.

1994年第1回の秋田県脊椎外科懇話会が開催され,それから20年が経過して今回第50回の研究会が開催されました.その間,御講演いただきました数多くの先生方,サポート頂きました数多くの方々,誠にありがとうございました.また,当日ご参加いただいた先生方,ありがとうございました.今後,秋田県脊椎脊髄外科研究会とASGがますます発展できるように頑張っていきたいと思います.DSC00039 (1024x681) DSC00088 (2) (1024x684) DSC00115 (2) (1024x684) DSC00126 (2) (1024x684) DSC00149 (2) (1024x684) DSC00155 (2) (1024x684) DSC00162 (2) (1024x684)

粕川雄司

秋田県骨粗鬆症PTH治療記念講演会(河野 哲也)

2015年2月28日,秋田ビューホテルにて「秋田県骨粗鬆症PTH治療記念講演会」が開催されました.前日のセミナーに引き続き,Osteoporosis Week 第二弾となります.

重症骨粗鬆症や骨折治療への併用など使用する機会が増えているPTHも,最近の外来では卒業する患者も増えてきました.PTHを含め骨粗鬆症治療について,知識を再確認する有意義な会となりました.

特別講演Ⅰでは,日頃からご指導いただいている宮腰尚久准教授より, 「脆弱性・難治性骨折を有する骨粗鬆症患者の薬物療法」と題してご講演いただきました.これまで使用されていたBP製剤やSERM,PTHに加え,抗RANKLモノクローナル抗体製剤であるデノスマブ,静注BP製剤など新しい治療薬について,それぞれの治療薬の使い分けを教えていただきました.

また.仙骨脆弱性骨折,高齢者四肢骨折,非定型大腿骨骨折に対するPTHの有効性についてもご講演いただきました.なかでも,非定型大腿骨骨折はBP製剤との関連性が注目されており,drug holiayや,手術適応についてなど,最新の知見を教えていただきました.

特別講演Ⅱでは,山梨大学大学院総合研究部整形外科学講座教授である波呂浩孝先生より,「骨粗鬆症脊椎疾患の診断と治療選択」と題してご講演いただきました.これまで,新鮮脊椎圧迫骨折には,多くの患者さんに対してコルセットで治療していましたが,体幹ギプスの重要性を再認識しました.また,脊椎変性後側弯症患者に対する変形矯正術の有効性についても勉強になり,実際の術前後での歩容の変化は驚きました.

現在では,多くの患者さんに対して骨粗鬆症治療が行われてきています.しかし,まだまだ未治療骨粗鬆症患者さんが多くいるのが現状です.骨折が起きてから治療を開始するのではなく.骨折予防を目標に,積極的に治療を行っていきたいと思います.

こまち骨粗鬆症セミナー (鈴木 真純)

2015年2月27日(金)ビューホテルにて開催されました、こまち骨粗鬆症セミナーのご報告です。同日より急激に寒くなり,天候も一時荒れましたがたくさんの先生方々のご参加を頂きました。今回は、一般演題2題・学術講演に慈恵医科大学整形外科 斎藤 充准教授をお招きしての開催となりました。

一般演題1題目は「男性骨粗鬆症の検討」、不肖ながら鈴木が発表させて頂きました。続発性であればまだしも、原発性男性骨粗鬆症となると、そう外来で見かける頻度は多くない疾患だけに、発表という機会を頂きつつ勉強する機会を頂いたという実感でした。今回は時間の関係もあり4例に厳選しての報告になりましたが、これを機にまた何か新しい知見があれば発表してゆきたいと思います。2題目は秋田労災病院の佐々木 寛先生の「当院通院中の骨粗鬆症患者における血清25(OH)ビタミンD濃度」のご発表でした。骨粗鬆症治療において、筋や中枢への作用の可能性などを秘めたビタミンDの、血中濃度と、動的バランスなど項目をご検討されたものでした。外来で頻用される治療薬だけに、とても興味深い結果と内容でした。

最後は、斎藤 充准教授の学術講演「新たな骨粗鬆症病型分類をもとにした治療薬の使い分けの実際—骨質劣化は骨折重症化の危険因子」でした。骨強度の30%を占めると言われている骨質を中心に、種々の骨粗鬆症の病態・それに合った治療戦略・ビスホスホネートの最近の知見などのお話を頂きました。実際の臨床で様々な骨粗鬆症治療薬が治療のツールとして使えるようになってきている現在、「使い分け」を強く意識していなかった(理解していなかったという方が良いか)自分にとても勉強になるご講演でした。特に自分の研究テーマにしているminodronateの、resedronateからの切り替えのお話や、Vit B6の骨粗鬆症治療における影響のお話などは衝撃的でした。感銘を受けると同時に己の不勉強が恥ずかしくなる、正に教育的な御講演でした。

この会の後は、斎藤 充准教授を囲む会が川反某所でひらかれ、野坂光司先生の奥様、野坂恵子先生にもご参加頂きました。アカデミックな話は勿論ですが、先程の会とは打って変わって非学術的なお話も大いに盛り上がりました。特筆すべきは野坂恵子先生よりカミングアウトされた「ぶるぶるチェアー」のお話でした。プライバシーの問題がありますので、詳細はここでは控えさせて頂きます。

セミナーも、そしてセミナーの後も非常に充実した内容の1日となりました。

 

秋田大学整形外科 大学院 鈴木 真純

IMG_1759こまち骨粗鬆症セミナー008

木島泰明先生留学便り5

「自由」の国、フランスの手術2と題して今回は、ここフランスのHôpital Henri Mondorにおける人工股関節置換術Total Hip Arthroplasty (THA) についてご紹介致します。

人工股関節置換術 Prothese Total de Hanche (PTH)

臨床配属みたいな学生さんは、とても熱心なのか義務なのか、いれば必ず手洗いをして手術に入るが、13時ころからは講義があるらしいので、13時以降の手術や、朝の用事で学生さんがいない時には手洗いして手術に入らせてもらっている。

手洗いは水道水とイソジンスクラブで1回洗った後、不潔の紙タオルで拭いて、アルコールを念入りに刷り込むスタイル。指輪を付けたままの人もいる。次にガウンを羽織り、手袋を1枚付けてからガウンの帯を締める。そしてもう1枚、手袋。

さて、ここでのTHAのアプローチはなんと今はposterolateralでした。パリで1番大きな整形外科施設であるコシャン病院はtrans-trochanteric approachだそうで、そこがライバルなので、前方系やHardinge (ハーディンジュと言っていました)などもやっていたが今はこれだそうです。教育がメインの施設のせいもあるかもしれません。それもあって、皮切長にもこだわっていませんし、教わりながらインターンの先生が執刀していて、手術時間は2時間くらいです。ちなみに僕がこのあと回らせていただくもう2施設は前方系のアプローチのはずですし、プライベートクリニックなので、また全然違ったレポートができると思いますので、そちらも楽しみにしていて下さい。(あとでHernigou教授に、アプローチについてお伺いしたところ、フランスでは7割はposterolateral、2割がanterior、1割がtrans-trochantericとおっしゃっていました。)

体位は側臥位で、いわゆる骨盤支持器は使わず、普通の体側支持器で仙骨と恥骨を挟むようにして固定するのみです。通常は両下肢の間に枕は挟まないので、反対側の下肢も圧布の下に触れるため、両下肢を揃えるようにして両側の膝や踵を触って脚長差を確認しています。やや外転位を保持したいときには滅菌した枕を使っています。実際には滅菌した袋に不潔のタオルを入れているのでやや怪しい感じですが、秋田で使っている大枕をそのまま滅菌できるならそれもありかなと少し思いました。足袋にはストッキネットを使っていますが下腿以遠はそれを二重にしています。ちなみに3時間近いような手術以外はフォーレはいれないようです。

外旋筋群は切離して最後はそれなりに再建(縫合)していますが、術者によっては関節包もなるべく縫合するという先生もいるし、切除している先生もいます。関節包を大事にしている先生はproprioceptorが関節包に存在するから重要視しているのだ、とおっしゃっていました。

機種はTKAと同じCERAVERというフランスメーカーのものを全員が使用。ですが、臼蓋側のリーマーだけはまたもやストライカーを使用していました。これはパワーツールをストライカーで統一しているせいのようですが、つまりはストライカーのツールが使いやすいからのようです。

カップはPoignard教授とヒップ専門で小西先生似のDelambre Jérôme先生はセメント、それ以外はセメントレスがメインだと思われました。セメントレスの時は最終リーミングサイズと本物のカップサイズは同サイズと話していましたが、接触面の構造のためか、楕円カップでなく半球カップにもかかわらず、ほとんどがプレスフィットするためスクリュー固定する例は稀でした。寛骨臼形成不全症例がほとんどないのも一因と思われます(約5%)。

でも、どの先生もリヴィジョンの時はあまり迷わずセメントカップを使っています。臼蓋側セメントのアンカーホールは鋭匙で6-8mmくらいの穴を前方、上方、後方に1か所ずつ、合計3か所だけ穿けると決めているようです。セメントはTKAと同じものでワーキングタイムが長いので、やはりカウントせずにゆっくりカップ設置。体重をかけて圧入するというより、セメントカップでもインパクターをガンガンハンマーで叩きます(ハンマーはフランス語で「まとー」です。マトー・シルヴプレで看護師さんが渡してくれますが、本当は冠詞を付けてル・マトゥだそうです。)臼蓋側の展開には細めのピンレトラクターをたくさん打ち混んでいます(これはフランス語で「ぴんち」のようです。ちなみにガーゼはデ・コンプレイス・シルヴプレで何枚かくれます。”デ”は複数を表わす冠詞だからですね。もう1枚欲しいときは”あんこーふ”-encore-です。そうです、日本語のアンコールはフランス語からきているようです。)

カップの設置位置に関しては横靭帯を重視している先生が多いようで、そこにハサミ(れ・しぞー、あるいは、マイヨ―・ロン「長いメイヨ―」)を入れてぐっと開いて剥離したところにホウマン鈎を入れてからリーミングという先生が多いです。ほとんどがプライマリーOAのような症例ですが、1例だけ寛骨臼形成不全のキアリ骨盤骨切り術後OAという症例だけが僕が経験したdysplasiaのケースでした。この症例には手洗いして入らせていただいた(―手洗いしていいですか―ジュ・プ・スクラビン?で通じました。スクラビングは英語ですが..)のですが、ブロック骨移植にセメントカップ固定していました。(全部で50例近くのTHAを見せてもらいましたが、massiveの骨移植はこの1例のみ、morselizedの骨移植も1例だけ、KTプレートの脇にしているのを見たのみです。) これだけプライマリーOAがあるとやはりそのうちの相当数はいわゆるFAI由来かもと思われる画像所見でした。

ステムは気まぐれに?若いから?1例のみセメントレスを使っているのを目撃しましたが、その1例以外は全員がセメントステムを使用していました。スターターリーマーは使わず、鋭匙で髄腔内の海綿骨を掻き出すようにして髄腔を確認した後は通常通りブローチング。ギチギチに入るまでサイズアップしたらトライアルせずに(トライアルする先生もいます)セメントプラグもブローチを使って押し入れてからセメンティングです。セメントガンは使わず、吸引チュ-ブを髄腔の奥に入れて、50㏄シリンジでセメントを注入。1回だけの注入で足りるようです。

ステムはブローチとほぼ同じ大きさなのですごく薄いセメントマントルです(いわゆるフレンチ・パラドクスっていうやつですよね)。ポリッシュですがカラー付きのステムなので、どこで荷重を受けていると思いますか?でもフランスではずっとこうやってきて、長期の成績も良いとのこと。ちなみにステムもセメントですがガンガン叩きます。そのあとにトライアルをやってネックの長さを決定してヘッドを付けています。このトライアルもしないという先生もいます。トライアルも70度くらい屈曲位で30度くらい内旋しても脱臼しなければまあ大丈夫でしょうという感覚のようです。ちなみにここで使っているCERAVERのセメントカップには内部に可動性のOリングみたいなものがついていてそれも脱臼の抑制に有利みたいな話だったのですが、どういうメカニズムなのかもう一つ理解できずにいます。結構前からのシステムのようです。ちなみに術前プランニング用のCTは撮っていないようですが、カップトライアル設置後など、少しでも不安要素があれば術中写真は結構ためらわずに撮っています。

ということで摺動面はセメント派はCoP、ハイブリッド派はCoCです。ヘッドサイズは基本32mmのようです。フランスといえばdual mobility cupでも有名ですが、ここでは現在は、ほとんど使われていません。ある先生は、dualにしても外れるときは外れるし、誰かのデータでは脱臼率が変わらなかったみたいだよ、こんなトラブルもあるしね(ちょうどdualのアウターカップとインナーカップの間で外れた症例のリヴィジョンの手術の時でした)、だから今、うちでは積極的には使っていない、とのことでした。あとでHernigou教授に個人的に伺ったところでは、高齢者にはとても良いと思う、でも若年者にはちょっとね、ということでした。ちなみにフランスでは高齢者でもひどい骨盤後傾の患者さんは見かけません。脊椎の変形も日本のような全後弯になることはあまりなく、胸椎だけ後弯する円背や、胸椎後弯・腰椎前弯の凹円背がほとんどのためのようです。

誤解を恐れずに言えば、ここの先生たちはあまり脱臼を、もしくはリヴィジョンを我々ほどには“恐れていない”のかもしれません(リヴィジョン-フランス語ではReprise-もしょっちゅうやっているし!?)。もしかしたら、数多くやっている先生あるいは施設は日本でもそうなのかもしれません。ただフランスは結構、患者さんにも受容されやすいのかもしれません。おそらくアメリカのような訴訟社会でもなく、日本ほどにもインフォームド・コンセントも厳しくなく、合併症があってもそういうものかなとみんなが感じちゃう土壌があるのかもしれません。役場の事務手続きが全然進まなかったり、手続きの方法までが担当者によって言うことが全然違ったりするのもフランスなら当然らしく、みんなそれをしょうがないことだと受け入れているらしいのですが、それと関係があるかどうかはもちろん不明ですが。

ちなみにリヴィジョン時の感染の有無の確認は血液検査(主にCRP)とリヴィジョン手術時の関節液などの組織培養くらいのようです。それとリヴィジョンの手術で驚いたのは、前に入っていたセメントやセメントプラグを除去するのに、外傷に使うストライカーの髄内釘用のドリルやガイドワイヤーや髄腔リーマーを使用していることです。ストライカーが許してくれるのであれば使えるかもと思いました。

(追伸:人工骨頭症例は結局1例も見ませんでした。頸部骨折症例には全例THAをやっておりました。寛骨臼骨折も保存治療がメインで1-2年後にOAの診断でTHAという症例が多いようです。)

写真1

 

 

 

 

 

 

(写真1) ↑体重かけたリーミング!

写真2

 

 

 

 

 

 

(写真2)↑ステムも緑でおしゃれ。

写真3

 

 

 

 

 

 

(写真3)↑骨頭は軟骨をボーンソーで除去して移植。   ↑ジェローム小西先生!?

写真4写真6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真5

 

 

 

 

 

 

(写真4)(写真5)(写真6)↑商品化された同種骨

写真7

 

 

 

 

 

 

(写真7)↑KTプレートはこのように把持していました。